か①:柿

 何よりも先んじて頭に浮かんだのが「柿」という言葉なのだが、すぐには書く内容が思いつかないので困った。「牡蠣」であったならば多少は救いがあったように思う。父が昔に生牡蠣で食あたりを起こしたというエピソードから何かしらの広がりが見えそうなのだ。もしくは「柿の種(柿ピー)」であれば、酒に紐づけた思い出があれこれある。しかし「柿」が思いつかれたのだから仕方がない。

 最近は柿を食べない。そもそも上京をして果物を食べることも少ない。ひとり暮らしの家で食べるとすればバナナだ。季節によってはみかんやりんご、梨も買って食べる。柿は買わない。今まで買おうとも思わなかった。けれども実家に居たころには毎年しっかりと柿を食べさせてもらえていたし、好きだった。柿は母の手でくし形に切られ、大ぶりの種(*1)はそのままで皿に盛られて食卓に出て来る。柿の形状や硬さのためなのか、皮の剥かれたところはりんごなどとは違って角張ってしまっているのが常だった。種を指でほじくりだし、あるいは舌をつかって果実と選り分ける。熟してやわらかくなった触感はけして気持ちのよいものではないが甘くって美味しい。ぷっと種を吐き出すと、皿のうえにカランと音を立てる。きれいに実の取られた硬質で黒光りする種が好きだ。

 小学校低学年のころに、沖縄から越して来た友達の家によく遊びに行っていた。なぜ彼の家ばかりに行っていたのかは今となっては定かでない(*2)。彼は丘の上の白く綺麗なアパートに住んでいて、庭には芝生と、のぼって遊べる岩がいくつか置かれていて、そこで遊ぶのが楽しかったのかもしれない。その庭を駆け、忍者ごっこ(*3)をしていたのをいま書きながら思いだしてきた。彼の部屋にはニンテンドー64があって、みんなはよくスマブラをやっていたような気がする。けれどもぼくはあまりそれをプレイした記憶がない。やったとしてもぼくはとても弱かったのだ。どうせ敗ける一方だからと傍から覗いていただけなのだろうと思う(*4)。

 彼の住むアパートのそばに丘を下る長い階段がある。階段の上からは半島の小さな山を遠望できる。左手の道沿いに民家が建ち並び、裏庭が斜面に面している。なだらかな斜面にはコンクリートではなく背の低い緑が植わっていて、丘の下に家並みと小川と稲田が望める。右手は寺の大きな敷地で、丘は削られないままで樹木が茂っている。その一画に柿の木があった。階段の手すりの向こう数歩というところにそれは一本だけあったような気がする。秋になると美味しそうな色の果実がいくつも成り、それをもいで齧りたいなと物欲しげに眺める。結局、採ることはせずに眺めるばかりだった(*5)。きっと近所の子どもたちはその柿をもぎとって食べていたと思う。沖縄から来た彼も、もしかしたら珍しがって食べていたかもしれない。

 しばらくして彼はまた転校していった。同じ学校へ通っていたのは一年だったか二年だったか、そうしてどこへ行ったのかも覚えていない。女の子みたいなくりくりした瞳で、すばしっこいヤツだったように記憶している。

 

―――

 

*1:酒の肴の柿の種は、ぼくの知っている果物の柿の種よりもずぶんと小振りな気がしてならない。よく見られる柿ピーがそうなのであって、本寸法の柿の種は、もしかしたら実際の種と同等サイズなのだろうか。

 

*2:彼の家へ遊びに行ったのは、実際には数えられる程度の、それも片方の指で足りる程度だったかもしれない。強く記憶に残っているのがたった一、二回くらいのものなだけかもしれないし。足しげく通っていた友達の家の間取りなどは或る程度思いだせるが、彼の家の間取りがそうでないということは、やはり少ない回数だったのかもしれない。

 

*3:いろいろな忍術をためした。木や壁や岩に紛れる「隠れ蓑の術」。布もなにも持たず、ただ対象に身体をべたりと密着させるだけの術だ。まさか本当に隠れられているとは思っていなかっただろう。「隠れ蓑の術!」と唱えて草むらに飛び込んだりもしていた。なぜ子供は隠れるのが好きなのだろうか。二巡目の「か」の時までにはこのことを調べるなどして考えを書けるようにしておきたい。

 他にも、術の名前は覚えていないが、両手いっぱいに集めた小石を頭上に放り投げて石の雨を降らせていた。いま考えると危険でしかたないが、ぼくにとって最強の術だったはずだ。みんなはわーわー言って逃げていた。

 

*3:外で駆けて遊ぶ時とは違って、室内でみんなでゲームをする時間は苦手だった。格闘ゲームやレースゲームなどではきっと敗けるというのもあって輪の外にいたように思う。ぼくのやるゲームはたいていがRPGだった。一度、彼の部屋へ『ライブ・ア・ライブ』を持って行って概要を彼に説明しながら一人で遊んだことがある。彼は隣で退屈そうにしていた。思えば、このとき忍者ごっこに夢中になっていたのは、このゲームの幕末篇が忍者を主人公にしたものだったからだろう。おぼろ丸という名前だったはずだ。

 

*4:一応は窃盗行為にあたる。小学校の登下校路に広い庭をもつ古い家屋があって、黄緑色の小さい謎の果実を成らす樹木が垣根のようにして植わってあった。下校時に度々、疲れた身体を癒す回復アイテムに見立て、その果実をもぎとって食べていた。渋い果汁が口のなかに広がりすぐにペッと吐き出すのだが、良薬は口に苦いということは聞いていてから、懲りずに次々もぎとり食べた。これも窃盗だったろう。しかし、なぜマズイ果実はもぎ食べ、あの柿はとらなかったのだろうか。あの頃に戻れるならば、あの柿を食べたい。

 

                2017年7月16日(日)