る①:流浪

 歩くことが好きになったのは、大学を半期だけ留年して卒業した後に、春までのあいだがあまりに暇すぎて、それじゃあ歩いてみよう、と友人と共だって東海道をぷらぷらする機会があってからだ。

 十二月の寒い時期に、寝袋とザックを背負って、横浜駅から西へ歩きはじめた。京都まで行く予定だったが、箱根を越えてからは長く続く静岡の海岸線に飽きてしまって、ヒッチハイクで名古屋まですっ飛ばした。名古屋から四日市まではまた歩いたが、いろいろとあって京都まで電車に乗った。

 このときに東海道で歩けなかった場所はなんとか歩いてみたいと思っていた。社会人になって、四日市で働くことになったのが幸いして、盆休みを利用して四日市から京都まで歩いた。そのときに通過した山間の村で、ひぐらしの鳴き声に囲まれたときは奇妙な異世界へ入りこんだような気分がした。

 それから数年前に、再び横浜から名古屋までを歩いた。このときは、箱根越えは電車だったが、以前には歩けなかったルートも往けて、東海道で歩けていないのは横浜から日本橋までとなった。しかし、この道を歩こうとは思えない。

 歩くことの何が良いかというと、それほどには無い。疲れるばかりで、一号線はどこも似たような景色だ。時折り越えなくてはならない丘や山などは良いが、どちらかと言えば、知らない土地で野宿をすることの方にこそ意義があるように思う。日の暮れはじめに、人気なく、雨風をしのげそうな野営地を探しながら歩く。眠られそうな場所が見つからなければ、住民に野宿のできそうな場所を訊ねたりなどする。それでも見つからなければ、見つかるまで歩く。公園や寺があればラッキーだ。橋の下もいい。良い場所が見つかれば早々に荷物を下ろし、寝袋を準備して、入念にストレッチをする。冬場だと、寝袋に入れた足先が凍えてしまうから、寝つきが少しでもよくなるようにポケット瓶のウイスキーをちびちちと呑む。近くから人の歩く音が聞こえると少し怯える。冬場、獣よりも怖いのは人だ。いや、向こうもこちらを怖がるだろうが。

 朝は、日が昇ると自然と目が覚める。澄んだ空気を吸いながら、公園であれば顔を洗い、タオルで身体を拭ってから出発する。

 一週間も経たないうちに、なぜこんなことをやっているのだろうかと自問がはじまる。屋根のある部屋を懐かしんだり、御馳走や女のことなどを考え、心は塞がっていく。日が暮れると一層に不安は増していき、なんとか気分を変えようとイヤホンで音楽を聴く。今までなんとも思っていなかったアーティストが良く聞こえたりする。彼や彼女らに励まされるように歩を進め、口笛が吹けるようになると気分は一新する。誰も思いついたことがないようなメロディが唇を震わせているような気がして、一号線沿いや田舎道を悠然と歩いていける。そんな夜は寝袋に入ってノートにメモをとる。あとで読み返すととても目もあてられない詩やなんかが出来上がる。

 公園で朝を迎えると、時折り物好きなおっちゃんたちが話しかけてくる。岡山県の或る公園で野宿をしていたときには、そこだけで三人から声を掛けられた。そのうち二人は若い頃にルンペンをしていて、そのワクワクするような話に耳を傾けた。おっちゃんの一人は四十年前にアジア十二か国を旅して、もう一人は開発前の、山だらけの日本を歩いてまわっていたという。大先輩たちだ。

「貧乏旅をするんならプライドはゆるめな。そうすりゃ飯は食える」

 そう言っていたおっちゃんからタイ焼きを貰った。美味しかった。

 もう一人はぼくが公園のベンチで目を覚ますと隣に座っていた。目が合うとその人は「行くぞ」と言って、ぼくに身支度を急かせて、近所の喫茶店へ行った。朝食とコーヒーを御馳走になりながら世間話をした。別れ際にお金をくれた。

 歩き旅の話は長くなるからひとまずここまでにしておいて、またいずれ書く。人生はなんとか生きられる。そのためにプライドはゆるめなくてはいけない。

 

   2017年8月14日(月)