ろ①:Lost in Translation

 この作品をはじめて観たのは、地元のクラブ(*1)のバーカウンターだった。奥のフロアでのプレイに気を遣ってか、店内環境のためになのかは分からないが、映画はミュートされて映像だけが流れていた。国も世代も異なる、言葉のわからない主人公(*2)に、字幕だけが頼りのぼくは自然と感情移入することができた。そのことが一層に作品の良さを際立たせていたように思う。ぼくは踊るつもりで店へ来たのだが、気がつけば映画の終いまですっかり見入っていた。

 ぼくは山口県に生まれ育ったが、父は東京の出身で、母は日本語の音声翻訳の仕事をしていたために、家では方言が使われることはなかった。テレビからはダウンタウンのコントやトーク番組での関西弁をしょっちゅう聞いていた。学校のクラスメイトは当然ながら方言を使いまくるし、ぼくもそれを喋るには喋るのだが、小学校のころに一番仲が良かったのは京都出身の友達だった。ぼくは方言のある地元にいながら、妙な言葉のなかで育ったように思う。

 そのことを意識したのは、大学を卒業する間近に地元へ帰省したときだ。人気のないホームに立って、改札を抜けると、懐かしい言葉が聞かれるのだが、それはぼくとなじまなかった。地元の友達と会って話をするうちにそれも解消するかと思われたが、それ以前に、久しぶりに会って話す友達自体と妙な隔たりを感じてしまっていた。それは向こうもおそらくそうだろうから余計に距離は遠のいて、ぼくは街からの疎外を少しく感じた。

 そんな折にこの映画を観たから感慨深かったのだろう。酒に酔っていたとはいえ、店から家まで帰る路は、地元でありながら気の落ち着かない遊離した心地のままだった。

 その翌朝に、懐かしい登下校路や公園やなどを散策した。道沿いの店や家が様変わりしている場所や、シャッターが閉まってすっかり陰気になった商店街を歩く。思い出せそうで、しかしそれの叶わない記憶は、きっと無くなってしまった物のためだろうと考えながら、遊離していた(*3)。

 

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*1:そこは本当に小さな箱で、フロアは六畳間くらいではなかっただろうか。イベント以外ではお客さんも少ない。けれどフロアを独占して踊れるから気に入っていて、帰省したときには必ず訪れていた。今は看板を変えている。

 

*2:彼の訪れたクラブは代官山AIRで、ぼくが大事な経験をした場所でもある。そんなこともあって、より一層に思い入れのあるクラブだ。

 

*3:映画にも登場した代官山AIRは、ぼくが幽体離脱めいた経験をした場所でもある。そのことも重なって映画を楽しめた。AIRは一昨年に閉店してしまっている。

 

    2017年8月14日(日)