渦に巻かれて遠方へ

旧友と程よく呑み交わしたあとの自室で、
やるせなく乾いた時間を貪ろうとしても、
気分は一向に晴れてゆきはしない。
どうすれば後に鎖も残さず心持よく寝入られるだろうかと思案して深める酒が、
むしろ余計に意識を深い所から呼び醒ましていく。
降雨確率0%の風も吹かない六畳間の夜に首と背中ばかりが凝り固まっていく。
疼くような重低音の記憶。
貧乏揺すりよりかはスローなテンポで爪先が踊りはじめていく。
末端から中枢へ沁みわたって、イヤホンから合図が鳴る。
「さあ」
肩甲骨が激しくうねりだして、
肘から先がいかさまな蛇の使い。
自ら魔術にはめられてゆこう
透きとおった氷原を滑落していこう
際限ない浮遊と自由落下にベクトルは狂いだし
方位磁石がようやくな正常に廻されつづける
「ようこそここへ」
声の主を知らない
胴体を突き刺す緋色の剣山
ぼくは生け花みたく
ぼくは生け花みたく
遥か遠くの眼下まで暗緑色の湖がひろがっている
拡がっていく
渡り鳥がうそぶく
「朝食の準備が整いました」
右手にナイフを持って
左手にピッチフォークをかざしている
ぼくは君を殺しかねない
ぼくは君を殺しかねないと
渡り鳥があざけて飛んだ
グレーよりは青い空方へ君が尾っぽを棚引かせていったよ
「また会ったね」
「また今度」
君と僕とはハローとグッバイを言い交わして引き金を絞った
「また会ったね」
「また今度」
氷原を転がり落ちていっている
砂丘に足をとられている
長い坂道に息を切らしている
遠くの空方に渡り鳥を見つけた
池から顔をのぞかせた亀の瞳に彼が会釈した
ぼくが笑いかける
世界は渦を巻いて
「やあ、また君かい」
また此処だ
またしても。