ざ①:ざあざあ

旅先で雨に降られると、多くの人は残念と心を沈ませるだろう。予定もあるだろうし、水たまりを踏まぬようにと余計な心配もしてしまうだろうから。
旅先でなくとも、日常の生活で雨に降られるのは嫌だろう。洗濯物は乾かないし、恋人の機嫌も悪くなるだろう。
晴れてくれと願って叶うなら、晴れてほしいに違いない。
けれども雨が降って良いこともある。
たとえば、傘を持たない人々が軒下で雨宿りをしている。雨に濡れながら通りを走っていく人もいる。傘を差して歩く人も水たまりを気にして歩いている。皆がいつものリズムではなくなっている景色を見られて少しホッとする。
縁日のような非日常の景色ではないけれど、雨が降るだけでほんのわずかに様子を変える。そのわずかな隙間に人々の心も少しほどける。すこし大胆になれて、そこから些細な物語が顔を覗かせる。
私は旅先でこれを書いている。同じ宿に長くとどまっていると、宿を変えて次の街へ向かうのが日に日に面倒になっていく。部屋の外に出るのすらトイレとシャワーだけという日もある。「せっかく旅行に来たのだから」と奇妙にも観光が義務化して腰が重くなる。
そんなときに雨が降ると私は嬉しい。面倒な観光を拒否する理由を、私の方であれこれと拵える必要がなくなるからだ。
それにここでは雨が降ったときにしか聞けない音もある。雨が降りはじめると、旧市街の、観光客も多く訪れる小さな広場に、
「パラプリューイ、オンブレーラ。パラプリューイ、オンブレーラ」
と、傘売りの男の呼び声が響く。その小太りな男の呑気な声が私は好きだ。