じ①:ジュラバ

ジュラバというのはフードのついたベルベル人の伝統衣装で、ジェダイの騎士やねずみ男も着ている。乾燥して砂風のよく吹くモロッコでは防塵の役割を果たしているらしい。
フードに顔を引っ込めて隠し、とぼとぼと歩いていく老人の姿を街でよく見かける。
袋小路のなかにある細長い市場では、商店の軒下の、背もたれのない椅子に腰を落ち着けて、砂糖で唇がくっつくほどに甘いミントティーを飲みながら、往来の様子を退屈そうに眺めている。時折り横切る隣人たちと挨拶を交わし、握手をし、頬を合わせる。
「サラマリコン」
彼らは昼間から日の暮れるまでそうしている。アザーンが町に響くと、何人かはモスクへ向かい、礼拝が終わるとその足で散歩をし、またいつもの溜まり場に腰を落ち着ける。
盲目の老人は往来の賑わいの真ん中を杖をついて歩く。右の手のひらを前に出し、空へ向けて、神様の名前を繰り返し呼ぶ。
普段服の若い男たちは物売りやガイドをしていて、観光客の目と耳を盗むのに忙しそうだ。彼らの目は狩猟者のように鋭く、生きることへの情念が当然のように煌めいていて少しまぶしい。
「コンニチハ」「ビンボープライス」「アーユースモーカー?」
何をするでもないジュラバの爺さんたちは軒下やカフェや広場でぼんやりと、生活圏に観光客たちが大勢押し寄せてくるのを迷惑に思っていそうだ。けれどもそのおかげで息子たちは稼いでいるのだからと、心中複雑なちょっと空しい目で、街の様子を眺めている。
喧騒を離れた小路の片隅に、半壊した壁にジュラバを吊るす小さな店があった。物欲はさほど無いけれど、いつの間にか試着して、金を渡す私がいた。
夜、安宿の小さな個室でうきうき袖を通してみると、買ったときにはまったく気づかなかった微かな糞尿の香りを感じた。中古品を掴まれたのだろうかと後悔したけれど、モロッコの夜は意外にも寒くて、かまわずジュラバを着たまま毛布に入った。慣れてしまえば何の問題もなく、たやすく寝入った。