む①:むなしさ

 ずいぶんと長いあいだ、ぼくは空しさの周りをぐるぐると歩いていました。ぐるぐる歩いていても景色はちっとも変化しないので、代わりにぼくはスコップで土を掘って、それをせっせと空しさのなかへ放り投げていきました。滴る汗や筋肉の痛みが生の実感というものを与えてくれましたが、辺りの土をすっかり掘り終える頃になっても、空しさは足元でぽっかりと口を広げたままでした。放り投げる土は音もなく底知れない方へ消えていって、すこしも堆積していっているようには思えません。今まで空しさの隣でおこなってきたすべてが徒労のように感じられてぼくは仰向けになって寝転がったのですが、遥か上空にもぽっかりと空しさが広がるばかりで、ぼくはついに気力を奪われてしまいました。

 ごろごろと、しだらのない寝返りをあーだこーだ打つあいだ、枕もとに一人の爺さんが立っていました。

 爺さんは、際限なくつづく深い穴の観光案内をしていると言いました。

「この穴を訪れる人の数も際限なく、わたしは彼らにいつも同じ話をして、さっさと引き返してもらうことに努めています。あなたのようにあまりに長いあいだ穴のそばに居ると、穴のなかへ身投げする人が出てくるものですから」

 聞くと、爺さんは無給で、ボランティアとして働いていると言いました。ぼくは起き上がって、爺さんの横へ立ちました。

「この穴の由来というのがいろいろと囁かれていますが、どれも確証のないものばかりです。この穴に惹かれて訪れる人の動機も色さまざまですが、以前には大きな建造物がここにあったという話を聞いてやってくる者が大勢います。彼らはその名残を探そうと躍起になって辺りを散策し、その崖の際まで身を乗り出して、遺物を手にしようとします。しかしここには何も残されていないことをようやくに知ると、とぼとぼと家路につき、帰るところのない者は穴のなかへ飛びこむなどします。

 私がはじめてここに訪れたのも、そのような、つまりは伝説にあるような遺物を求めてのことでした。あなたもここへ来る前、向こうの遠くからここを望むと、奇妙な輝きや、あるいは魔惑的な引力を感じたことだろうと思います。私も同様に、ここに金字塔があるように思われて、急ぎ足でやってきたのですが、どこを探しても、向こうで見た輝きの所在は見つかりませんでした。不思議なこともあるものだと、私は一度引き返して再度ここを望んでみましたが、もう金字塔は見られませんでした」

 こんな具合に、爺さんは先の長そうな話をはじめました。ぼくはその話を聞きながら、それを聞き終えたころにはきっとここから離れる決心をしているのだろうなと予覚して、少しく淋しい思いが立ちあがるのを感じていました。

「私も、あなた同様に長い間をこの穴のそばで過ごしていました。あなたと同様に、暇をすりつぶすようにして土を投げ入れ、空しさから逃れる方法を模索しました。けれども、これもあなた同様、すべては慰みでしかないように思われてごろんと寝転がり、諦観を浮かべていました。そのときにふと、ここへやってくる者のなかで子どものいないことを思いました。そうして、ああ確かに、と私の子ども時分を思い返しました。

 子どもに退屈はあっても、空しさが起こることは稀なように思います。空しさは死を恐れた後になってやってくるものだからでしょう。死から逃れるための生が、生自身に意味を見出そうとし、夢中になって生きて、しばらくの後に、果てなと振りかえるのです。なぜこんなになって自分は生きていただろうかと。そうして振りかえった時には、案外にも、死のことは忘れてしまっているのです。ただただ死を恐れて生に奔走していただけなのですが、自分としては、この生きることにこそ意味があったはずではないかと思いたくなるものです。空しさが現れるのは、意味を見出そうとするためなのです。意味を見据える目で世界を捉えたならば、世界はなんと空々しいことでしょう。意味などなかったのです。そこへ無理から意味を縫合し、増築し、頑強にしていくために、より一層にその中心は覆い隠されていきます。いえ、はじめから意味の無いことを知って、それでは生があまりにも不憫だからというので、そのことを覆い隠すために意味を拵えているのかもしれません。

 ここを訪れる人々は、少なからず、その奇妙な意味で拵えた建造物に頭を傾いだのだろうと思います。見惚れる心でか、懐疑の思惑でかは人それぞれでしょうが、どのベクトルであれ、惹かれてしまってここへやって来たのです。そうしてこのぽっかり口を広げた空洞のことを知って、しばらくを佇み、散策し、寝転がるなどして、去っていくのです。

 この深淵な穴はひとつの断絶でもあります。子どもだった頃のあなたと、今のあなたとのあいだを隔てる、乗り越えることの困難な断絶です。思い返すことはできても、立ち返ることはできません。意味というもののなかった頃に、今のあなたが戻ることはできないのです。あなたは既に根を切り落とされています。あなたは新たに根付く場所を求めてここへやって来たのかもしれませんが、ここには、根付くための土壌がぽっかりと失われています。

 さあ、それであなたはどうしましょう。それでも構わず、空しさに根を伸ばし、天空に蜃気楼を築きますか。いえ、それでも結構です。それとも地上に象牙の塔を拵えますか。それも結構です。けれどもこれだけは覚えておいてください。あなたがここを去っても、空しさはいつでもあなたと共にあります。それとの付き合い方というのを、あなたは死ぬまで考えることになるでしょう」

 

 ぼくは爺さんと別れ、自分の部屋へ帰る道で、ひさしぶりに路傍の土のうえにあったコンクリートブロックをどけて、その下でダンゴムシが急いで身を隠すのを見ました。

 

     2017年8月11日(金)