ぜ①:ぜえぜえ

どうして私は上りはじめたと、長い階段の先を眺め上げて嘆息する。それなのに、次の段へのっそりのっそり足を運びつづけるのだから不思議だ。
ロッコ北部の山間にシャフシャウエンという小さな町があって、傾斜に青い家々が並び建っている。青くメルヘンな旧市街を背景にして、黄色や緑や赤の服を着た観光客たちが思い思いのポーズをとっている。
話によると、古くから真っ青な町だったというわけではないらしい。観光客の青色への反応が不思議に良く、たびたびカメラの被写体になるのを住人たちが知り、それではと、思いきりよく町全体を青で塗りつぶしたところ、一躍にして一大観光資源になったという。
「シミカルじゃない。オーガニックの最高級品だ」
売人たちの常套句で、十歩離れれば別の売人が繰り返す。聞きはじめた時には「シミカル」が何を意味するのかさっぱり分からず、しばらく歩くうちにケミカルのフランス語読みと判った。フランス語では「ch」がサ行で読まれ、リッチはリッシュに、ケミカルはシミカルになる。
するとシャウエンの青もシミカルな青色だろうと思う。小さな町に埋もれていた青色という資源を見つけ、抽出し、散布した。
因果はオーガニックだ。媒虫花へ誘われるように、次から次に人々がやってきて、金を落とし、観光地は一層に華やぐ。
旧市街の複雑な小路には土産物屋や宿屋が軒を連ね、狭まった道に観光客やガイドや売人たちの様々な思惑がうごめいている。シミカルだったり、オーガニックだったり、頭はこんがらがる。
路地を奥まで行くと建物はなくなって、墓がまばらに横たわる草原の丘に出た。石段が空方へ長く続き、その頂上に立派な建物がぽつんと佇んでいる。その建物は眼下に広がる青色には無関心のようで、頑ななコンクリートの灰色だ。私は精神病棟だろうかと思った。
都市のいかがわしい香りのする青い魔窟を眺めおろしながら、彼らは一体なにを思うだろうかと空想に耽っているうち、ようやく長い階段は終わった。拓けたところにはグラウンドがあって、青年たちがサッカーをしていた。ホイッスルを吹いたのは先生だろうかと考え、先の建物が校舎と知る。生徒たちは訝しむ顔でジッと私を見つめた。