2017-08-01から1ヶ月間の記事一覧

渦に巻かれて遠方へ

旧友と程よく呑み交わしたあとの自室で、 やるせなく乾いた時間を貪ろうとしても、 気分は一向に晴れてゆきはしない。 どうすれば後に鎖も残さず心持よく寝入られるだろうかと思案して深める酒が、 むしろ余計に意識を深い所から呼び醒ましていく。 降雨確率…

ん①:ん

高校美術の制作で『ン=チヤマ文明』(*1)という架空の文明の出土品を発表したことがある。思うと、ぼくは今もなお架空の文明をつくっている最中なのかもしれない。この事典は『ン=チヤマ文明』で用いられる事典であって、きっとそこで創作された物語な…

を①:を

「を」をキーボードでタイプするには「w」「o」と打つ。母音を「i」にすれば「ゐ」となり、「e」ならば「ゑ」となる。 小学校で習った平仮名は「わ・を・ん」で終わる。「ゐ」や「ゑ」が使われなくなった歴史は知らない。読みの問題などがあるのだろう。昔と…

わ①:忘れ物

小学生のころ、日の暮れはじめに忘れ物を取りにもどった冷ややかな下駄箱や廊下や教室には、秘密めいた何事かが潜んで蠢いているように思われた。それは学校の怪談にある類の事を彷彿させるからかもしれない。あるいは生徒たちのはしゃぐ声が、この耳に届か…

ろ①:Lost in Translation

この作品をはじめて観たのは、地元のクラブ(*1)のバーカウンターだった。奥のフロアでのプレイに気を遣ってか、店内環境のためになのかは分からないが、映画はミュートされて映像だけが流れていた。国も世代も異なる、言葉のわからない主人公(*2)に…

れ①:檸檬

梶井の檸檬は素晴らしい。それへのオマージュである、長尾謙一郎が描いた『PUNK』内での檸檬型の爆弾はつまらない。長尾は好きだけれど、あれはいただけない。 檸檬は時折りぼくの頭のなかにぽこんと生まれる。それはわけのわからない涙と同様に、突然ぼ…

る①:流浪

歩くことが好きになったのは、大学を半期だけ留年して卒業した後に、春までのあいだがあまりに暇すぎて、それじゃあ歩いてみよう、と友人と共だって東海道をぷらぷらする機会があってからだ。 十二月の寒い時期に、寝袋とザックを背負って、横浜駅から西へ歩…

り①:リュックサック

小学校にもあがっていないくらいの小さな子どもたちが、リュックサックを背負ってとことこ歩いている姿をよく見かける。リュックサックは背負うものではあるけれど、あれらくらいに小さな子たちの背中で揺れているものは「背負う」というよりも「羽織る」と…

ら①:ライ麦畑でつかまえて

何度も読み返した本だ。『キャッチャー・イン・ザ・ライ』ではない。やはり『ライ麦畑でつかまえて』が良い。 はじめて読んだのは中三のときだったか。初読の感想はあまり覚えていない。けれども、それから高校で二度も読んだのだから、何かしらのつかえがあ…

よ①:夜

夜の、眠られるまでの時間の使い方が苦手だ。冷房も扇風機もテレビもWi-Fiもない六畳間ではすることが限られる。酒を呑みながら、TSUTAYAで購入した中古のアダルトビデオを鑑賞して、落ち着いたところで部屋を見回し、寝転がって、本を読むとい…

ゆ①:雄弁は銀

沈黙が金で雄弁が銀という格言が書かれているのはトマス・カーライルの『衣装哲学』らしいが、アマゾンのほしいものリストに長いあいだ入ったままで購入できずにいる。 この格言は、ずっと黙ったままでいろというわけではなく、然るべき時にはお口チャックし…

や①:やるせない

漢字であれば「遣る瀬無い」となる。ぼくはこの意味を、舟を漕いでいて、どこにも舟を停められるような、そうして足をつけられて陸地にまで辿り着くことのできる、水深の浅い瀬が見当たらない様子から、「どうにもできない」思いと捉えていた。遣る瀬が見当…

も①:モザイク

アダルトビデオにおいて、陰部にモザイク修正が掛けられていることを煩わしく思う時期があった。海外ウェブサイトが配信する無修正モノを知ってとびきり興奮した記憶もあるが、少し前から、どうもぼくにはアダルトビデオはモザイクの掛けられたものの方がよ…

め①:眼

眼は窪地にできた水たまりだ。池田山公園の、ひょうたん池の前でそのことを考えた。蚊柱の立つ水辺から空を見上げると、池を囲う木々の梢がまつ毛のようにして陽光を遮る。緑色の水の下では亀と鯉がのそのそ泳いでおり、景色を反映した水面にアメンボのつく…

む①:むなしさ

ずいぶんと長いあいだ、ぼくは空しさの周りをぐるぐると歩いていました。ぐるぐる歩いていても景色はちっとも変化しないので、代わりにぼくはスコップで土を掘って、それをせっせと空しさのなかへ放り投げていきました。滴る汗や筋肉の痛みが生の実感という…

み①:みること

みることに違和感を覚えたのは、友人のハイキックを顔面に喰らって卒倒し、眼鏡をなくしてからだ。意識が戻ったとき、鼻や口から溢れでる赤い血が友人宅の白い洗面台を次々に染めていっているのをみた。眼鏡がないことにすぐに気がついて、友人に眼鏡のこと…

ま①:間(*1)

「間」という言葉を知ったのはダウンタウンの口からだろう。 などと書きながら「魔王」であるぼくを意識しはじめているから厄介だ(*2)。だから酒は良くない。いまは月曜日の朝。昨夜の早くからウイスキーを飲みすすめ、記憶なく朝が訪れた。ママチャリの…

ほ①:本当のこと

本当のことを言うと、あるいは、本当のことを言おうとすると、ぼくの眼には涙がにじむ。 そんな経験が何度かある。おそらく、一番はじめは家族の前で就職はしないということを告げたときだった。次は、数年前に女の子に告白をしたとき、そうしてつい最近、バ…

へ①:屁

屁はガスだ。摂取された食物が消化されていく過程で生まれるらしい。 (*1) 屁は、大方のイメージとして臭いものだ。臭いものの代名詞は糞の方かもしれないが、糞だとビジュアルすらもイメージされるために、気体である屁の方が使い勝手がいいだろうと思…

ふ①:ふらり、不図

ふとしたことを好きでいたい。 自分なりの相関図や星座などを拵えているが、その隙間を縫うようにして、からかうようにして、時折り、図らずも訪れた思いに連れられてぼくは脇道へそれていく。 「不図」は、風をつかまえるため、空方へと伸びやかに枝葉を広…

ひ①:暇つぶし

「人生は死ぬまでの暇つぶしだ」と言えるようになれば、きっとずいぶんと楽な心持で毎日を過ごしていけるのだろうけれど、そんなことを言うのは、本気で気が違えたように悟った人間か、そう思いたくって自分に言い聞かせているような人間か、そのふたつのう…

は①:墓場

昨夜、住宅地のなかにひっそり佇む、或る墓場の前を通った。規模は小さいが、卒塔婆などもある、いわゆる旧式の、本寸法の墓場といった感じで、時刻はずいぶんと深かったから人の通る気配もなく、近くにそびえる高層マンションの窓明かりもずいぶん数を減ら…