ぞ①:ぞくぞく

見知らぬ土地のバス停や鉄道駅に立ち、目的地へ向かう乗り物を待つ長いあいだ、果たしてここであっているか、もう行ってしまったのではないかと心は浮き足だつ。道中の安全を願う素振りは見せず、けれども内心では異常に不安がっている。
辺りを見回すと、同じように待ちぼうけている観光客を見つけて瞬間は安心するのだが、いや彼らと目的が一緒とは限らないだろうとすぐに思い直して時計を見る。訊ねれば済む話ではないかと強く言い聞かせ、通りすがりの現地の荷役に発着場の正しいことを確認する。
「心配するな、いまここに向かっている」
恐れることがなくなると今度は異様に強がり、バックパックにどっかりと腰かける。そうして惑う他の観光客たちを眺めまわす。とんでもない情報を握って高みの見物をしている気分だ。
不安そうにバックパックを背負って歩く欧米の青年に目的地を訊ねると一緒の場所で、遅れているだけだから安心しなよと伝えれば、タバコを一本くれて、広くなった心に風が渡る。
ようやくやってきた乗り物に揺られて次の街を目指す。車窓からの眺めはだらだらと続き、さっきまでいた街に後ろ髪を引かれなくなった頃には、心が落ち着きを失っている。ガイド誌で見た写真や、旅行者に聞いた話、自分の妄想が一緒くたになって、遠くの街が色めき立つ。
目的地に到着し、乗り物からその土地に降りたつ足が軽くて心もとない。そこへ吹く一陣の風に私はたやすく運ばれていきそうで、バックパックのショルダーをギュッと握る。
タクシーの呼び込みを掻き分けながら、風に運ばれていった身軽な方の私を目で追えば、その先から知らない香りが漂って鼻をくすぐる。
その足では向かわず、道順を記憶しながらまずは宿に荷を下ろす。しばらく休んでから先の場所へ行こうとベッドに身を横たえればすぐに日も落ちかけ、空腹に身を任せて街へ出かけていく。
安い作りの食堂にはメニューもなく、おかみさんがやってきて台所の方へ手招かれた。コンロの鍋のフタをとって中身を覗かせて、これで良いかと訊ねる。頷き、席で待っているあいだ、東洋人の客をめずらしげに一瞥するお客さんたちに混じって、時折り砂嵐の吹くテレビをみる。知らないメロディの、知らないリズムの、かっこいい音楽が流れている。