だ①:だらだら

旅行もはじめの頃は、夜にガイド誌のページをめくって翌日のおおよその計画を立てていた。
けれどもしばらくしないうちに、特別に物欲があるわけでも、グルメでもなく、必ず拝みたい景色というのもこれといってなく、どうも観光は苦手らしいことを知ってからは、宿からほんの少し遠くへ散歩に出かけるだけとなった。
その道中に、賑わいや観光客を見つけたなら、彼らの後ろをついて歩いていく。
観光客は路傍の商店に目移りしながらゆっくり進むので追い越さざるをえず、いつの間にか私は集団の先頭はるか先に立って、さてどっちへ行けばいいのだろうと道に惑うことが度々ある。
勘を信じて右へ折れたなら、蜘蛛の巣に迷いこんだ虫のように、メディナ奥地のガイドや売人にさんざん絡まれて、自分を疑って左へ折れたなら、元の道に戻ってきてしまう。そうして時々観光名所に無事に到着して、ふーんと思って帰路につく。
夕食にはまだ早いと、近くの喫茶店の庇の下で、現地の男たちに混じり、何をするともなくぼんやりと往来を眺めて過ごしてみる。
目の前をふらふらと歩く、蛍光イエローのベストを着た若くはない駐車監視員の男は、暇つぶしに近くの屋台へ歩み寄って何事かを交わし、またふらふらと歩きはじめる。何度か彼と目があって、間の抜けた笑顔をこぼしあう。
日が暮れ出すと、喫茶店のまわりは少し騒々しくなる。血気盛んな男たちが起き出して、待ってましたと街へ繰り出してくる。そうなると危険な香りが漂いはじめ、おっかなくなって、それでももう少し見ていようと腰を落ち着けてみる。
田舎から上京して、はじめて歌舞伎町を歩くときのような緊張と高揚を喫茶店に忍んで楽しむ。少なくとも、日本の安い居酒屋で、泥酔して騒ぐ学生やサラリーマンがすぐ隣にいる状況よりは危なっかしい。庇の下にいるかぎりはまァ大丈夫だろうと思う。主人は小太りの爺さんで人当たりも良いし、と何の根拠にもならないことを考える。
外気がすっかり冷えて、そそくさと喫茶店を去る。宿のおもてにある食堂のアフリカ料理の味がタジンやサンドイッチに飽きた舌には美味しくて、それより何より、私が来るとテレビでトム&ジェリーを流してくれるから好きだ。大人たちが一緒になって笑う。